不登校では何故いけないの?・・・・・素朴な疑問
素朴な疑問を頂きました。
<ご質問>
大門さんは、不登校のカウンセラーをされているのですね。
一つ、ご意見をうかがいたいことがあるのですが、もしよろしかったら、ご意見をいただけますと幸いです。
私は、美術教室をしておりますが、学校が苦手なお子さんが3人おります。
「うちの子はクリスタルチルドレンだから、集団活動が出来なくてもよい。行けるときだけ行く」というお母さんが、とてもイキイキしておられます。
肯定していっていいのかどうか?と、思っています。
別のお子さんは、「ADHDのお薬をのまないと、座って授業を受けられない」と、薬を服用して学校に合わせています。
どちらが、よい選択なんだろう?と、考えてしまいます。
もう一人は、全く学校には行っていなくて、イキイキ暮らしています。
不登校ではなぜいけないのでしょうか?
<大門隆のお返事>
私も30年前ころ迄は、学校に行かせなくても良いではないかというスタンスでボランティア活動をしていました。輝け元気!というNPOを立ち上げたのが18年前になります。
悲しい実感
こういう長いスパンで不登校児と付き合って来ますと、それぞれの人生に色々なライフイベントがあって、不登校児はやはりハッピーに生きられないという悲しい実感があります。
「不登校でよいではないか」、「個性を伸ばそう」と決断されて素晴らしい子育てをしてきたのに、不登校児の親の親つまりお祖父ちゃんお祖母ちゃんの介護が必要になる、お父さんがリストラされ失業する、お母さんが病気で亡くなる、つまり家庭が立ち行かなくなる例がかなりあるのです。
親のサポートなしにたくましく社会で活躍している不登校児??
ひきこもり同然の不登校児を施設に預ける、それがもとで子どもは自殺未遂を図る、特に病気がない限り行政のサポートも受けられない、こういう事情で相談に見えられて、私としては頭が真っ白になり途方に暮れるばかりという経験をしてきました。
私は「親のサポートなしにたくましく社会で活躍している不登校児」と言うのはほとんど知らないのです。活躍しているのは不登校を克服した子たちです。これならたくさん知っています。
ハッピーに暮らしている不登校児の親の痛み
素晴らしいお父さんお母さんに恵まれて、ハッピーに暮らしている不登校児は知っていますが、その子の幸せを喜びつつ、もし親が死んだらこの子はどうしていくのだろうか、とても独力で生活していく力は育っていない、どうやってその家庭をサポートして行ったらいいのだろうか、と途方に暮れてしまう例を少なからず見てきました。こういう私の痛みはその子の親の痛みにも大部分重なっています。
基本的な線を崩すと・・・・・・・・
この子たちに決定的不足しているのは、「人とのコミュニケーション能力」なのです。小学校から不登校、そして引きこもりをしてきた40歳台の方々を知っていますが、私の力ではもう為す術がないというのが正直のところです。私の結論は、早い時期に出来る限り学校という場に戻し、可能な限りコミュニケーション能力を身に付けてもらうという基本的な線を崩してはならないという事でした。
学校生活に苦しむことの大切さ
苦しみながらも学校生活をこなすことで、ほとんどの不登校児はそれなりに逞しくなっていくというのは、私自身が毎年毎年体験していることなのです。
健常児のこころを開く
そして、もう一つ付け加えなければならないのは、何の問題も持たない健常児たちにとって、「まったく口がきけない子がいる」「皮肉や冗談を全く解さない子たちがいる」「悪意はないのに失敗ばかりする子がいる」「給食でさえも走りながらでないと食べられない子がいる」「まともに教科書を読めない子がいる」「まともな字を書けない子がいる」、こういうことを知るという事は大切な大切なことではないかと、私は思うのです。様々な人間がいて理解に苦しむ、「いったいあの子、どうなっているの?」と言う疑問が、実は健常児の心を開き、より豊かで優しい心を育むと私は信じているのです。
みんなの理解があればこそ実現する学校復帰
発達障害や心の病気を持つお子さんには私のこの見解が通用しない場合があることを私も知っています。でも、まずは、こういう子達を学校が受け入れられるように、学校の先生方がこういう子達を理解することが出来るように、そして世間一般の方々がこういう子達の存在を知ることが出来るようになればいいなと思っています。私が、学校に行かない、また行きたくても行けない子たちをなんとか学校復帰させようとするのには、こういう事情があります。
お子さんのクラスにいらっしゃいませんか?久々に学校に来て身を固くして口も利けない子・・・・・・・・。お子さんがこういう子への思いやりを持つ子に育ってほしいですね。
- カテゴリー: 不登校 |
- 投稿日: 2017年02月10日 |